研究内容
ニッケル水素電池用正負極活物質の開発ならびに高性能化
ニッケル水素電池(ニッケル金属水素化物電池(Nickel metalhydride battery))とは、アルカリ水溶液を電解液に用いる二次電池(充電可能な電池)のひとつであり、負極の活物質(起電反応の源になる物質)に金属水素化物(水素吸蔵合金が水素を吸蔵したときの生成物)、正極の活物質にニッケル酸化物(オキシ水酸化ニッケル:NiOOH)を用いた電池です(図1)。ニッケル水素電池は1990年にわが国で初めて実用化されました。ニッケル水素電池はニッケル−カドミウム電池より高いエネルギー密度を有し互換性が高いこともあり、当初は携帯用電子機器用途で急激に販売量が伸びたのですが、携帯機器の薄型化や軽量化にともない、後発のリチウムイオン二次電池に代替されたことと価格低下のため、今世紀に入ってからは販売数量・金額とも急速に減少しました。しかしながら、最近では、電動工具、電動アシスト自転車、ハイブリッド車(プリウス(トヨタ)、インサイト(ホンダ)など)などの高出力用途や電力貯蔵(ギガセルR(川崎重工業))、乾電池代替(エネループR (FDKトワイセル))用途に使われています。
電気化学研究グループではこれまで、1)高容量負極活物質の新規開発、2)正極活物質の高性能化、に関して重点的に取り組んできました。最近得られました結果の一部をご紹介します。
1) 高容量負極活物質の新規開発(参考文献1)
市販のニッケル水素電池に使用されている最も一般的な負極活物質はAB5型希土類系合金(例えばMm(NiCoAlMn)5、Mm=ミッシュメタル(希土類の混合物))です。エネループRでは、より高容量の超格子合金(例えばMm1-xMgx(NiAl)3.3)が新たに開発され使用されています。これら以外にもいろいろな結晶構造をもつ水素吸蔵合金が開発されてきましたが、これらに代替しうるようなものは今のところ出ていません。
一充電あたりの使用時間が長くなれば便利なのですが、活物質もたくさん必要になり、そのぶん電池が重くなったり大きくなります。携帯電話でも自動車でも電池のスペースは非常に限られていますので、質量あたり(あるいは体積あたり)の容量が高い負極活物質の開発は永遠の課題といえるでしょう。ちなみにAB5型希土類系合金の放電容量は300 mAh g-1程度、超格子合金では350 mAh g-1程度です。これらの合金より高い理論容量を有する水素吸蔵合金がターゲットになります。
電気化学研究グループでは、体心立方(Body-Centered Cubic)構造をもつTiV2.1Ni0.3合金が最大470 mAh g-1の放電容量を示すことならびに放電容量は表面処理によりさらに増大することをすでに見出しています(参考文献2〜7)。しかしながら、V成分が充放電中にKOH電解液に溶出することが原因で充放電サイクルを繰り返すとともに放電容量が低下する(すなわち充放電サイクル特性が悪い)という問題がありました。そこでTiV2.1Ni0.3合金負極の耐久性を向上させる目的で、Vの一部をCrで置換したTiV2.1-xCrxNi0.3(x=0~0.4)合金を新たに作製し、それらの負極特性を調べました。その結果、Crを含む合金(x=0.1~0.4)では、Crを含まない合金(x=0)に比べて放電容量の低下が抑制され、Crの量が多くなほど効果的でした(図2)。エネルギー分散型X線分析による元素分析の結果から、充放電サイクル前後の合金負極の平均組成の変化を調べましたところ、充放電後には、V成分が電解液への溶出により減少していたのですが、その減少率はCrの割合の増加に伴なって小さくなることがわかりました(図3)。これは、Cr成分がV成分の溶出を防ぐ働きをしたためであると考えられ、Cr成分の含有率を増やしたときに充放電サイクル特性が大幅に改善された原因であると考えられます。充放電サイクル特性のさらなる改善ならびに高率特性(大電流で充放電したときに充放電容量の低下がどの程度抑えられるか)の改善がさらに必要ですが、今後楽しみな材料です。
2) 正極活物質の高性能化(参考文献8, 9)
ニッケル正極の充放電反応は一般に次式で表されます。
充電過程で生成するNiOOH(オキシ水酸化ニッケル)は半導体であるのに対し、Ni(OH)2は絶縁体です。したがって、充電過程が進むと正極活物質は導電性が高くなり、放電過程が進むと導電性は低くなります。このため、活物質の利用率(充電した活物質の何パーセントが放電に利用されているか?)は低くなります。利用率を高めるため、導電材としてCoOやCo(OH)2などを添加したり、Co(OH)2で表面コートした活物質が用いられています。これらの導電材は最初の充電時に酸化されて高導電性のCoOOH(オキシ水酸化コバルト)に変化し、これが活物質表面で導電性のネットワークを形成する結果、集電効果が高まり、利用率も向上することが知られています。
電気化学研究グループでは、最近、Co(OH)2で表面コートされたニッケル正極をいきなり充電するのではなく、まず放電してから充電する(この操作を当研究グループでは「前処理」とよんでいます。)と、放電容量は増大し(すなわち利用率が増大し)、高率放電特性(図4)や充放電サイクル特性(図5)も向上することを偶然見出しました。また、「前処理」をすると、より低い充電率(充電の程度)でさえ活物質/電解液界面での電荷移動反応の抵抗が低い(図6)ことを見出しました。このことは、「前処理」によって利用率を高めることができることを示唆しています。現在、「前処理」の間に何が起こっているのか、なぜ正極特性の改善につながったのかについて、電子顕微鏡や各種分光学的手法を用いて詳細に調べています。これまでのところ、例えば、Co(OH)2粉末を電極として、前処理後、透過型電子顕微鏡観察を行ったところ、Co(OH)2表面に金属Coナノ粒子が生成していることを見出しました。また、この最初の充電過程における正極電位の変化や主成分であるニッケルの酸化数の変化などが前処理の有無によって異なることも見出しています。さらなる知見の詳細はこれから開催される国内会議や国際会議等で順次発表していく予定です。
参考文献
1. H. Inoue, S. Koyama, E. Higuchi, J. Power Sources, 59, 23 (2012).
2. C. Iwakura, W.-K. Choi, R. Miyauchi, H. Inoue, J. Electrochem.Soc., 147, 2503 (2000).
3. W. -K. Choi, T. Tanaka, R. Miyauchi, T. Morikawa, H. Inoue, C. Iwakura, J. Alloys Compd., 299, 141 (2000).
4. W. -K. Choi, T. Tanaka, T. Morikawa, H. Inoue, C. Iwakura, J. Alloys Compd., 302, 82 (2000).
5. H. Inoue, R. Miyauchi, T. Tanaka, W.-K. Choi, R. Shin-ya, J. Murayama, C. Iwakura, J. Alloys Compd., 325, 299 (2001).
6. H. Inoue, R. Miyauchi, R. Shin-ya, W.-K. Choi, C. Iwakura, J. Alloys Compd., 330-332, 597 (2002).
7. R. Shin-ya, T. Tanaka, S. Nohara, H. Inoue, C. Iwakura, J. Alloys Compd., 365, 303 (2004).
8. H. Inoue, T. Mizuta and E. Higuchi, ECS Trans., 25, 113 (2010).
9. E. Higuchi, T. Mizuta and H. Inoue, Electrochemistry, 78, 420 (2010).